大日方邦子のコラム

選手の引き際 《月刊スキージャーナル 2000年1月号》

最終更新日: 2007/09/18 | Edit

 パラリンピックの選手の特徴は何だろうか? その一、「身体に障害がある」。これは誰もがよく知っている特徴である。というより、長野パラリンピックを契機にその存在がアピールできたとはいうものの、本当の意味で日本のスポーツ界に根づいたとは言えない現在の状況では、「特徴」と言われてもそれほど詳しくはご存知ない方がほとんどだろう。というわけで、私が最近、気になっている他の特徴もあげてみたい。

 特徴その二、「アマチュアスポーツであり、ほとんどの選手が仕事とスポーツの二足の草鞋を履いている」。これは日本のパラリンピック選手にはあてはまる特徴である。海外のパラリンピック選手は、プロとして活躍している人もたくさんいる。とくに障害者スポーツのなかでも歴史のあるアルペンスキーでは、プロ選手の活躍が目立つ。私のライバルであるサラ・ウィル選手もそんなひとりである。数カ月前、彼女から一通のEメールが届いた。それによると、今シーズン (6月以降)の滑走日数は10月下旬までですでに30日を超えているらしい。オレゴン、ニュージーランド、オーストリアといった、スキーヤーが聞いたらよだれがたれそうな地名が合宿場所としてあげられているのだ。夏にそれだけ滑る時間とお金があるなんて、と驚きと焦りを覚える。しかし、スキー漬けの活動ができるのは彼女に限ったことではない。ドイツ、スペイン、スイス、ニュージーランドなどの国の競合選手も同様か、それ以上の練習量を確保しているのだ。日本選手で彼女たちのような練習環境を持てている者は、残念ながらいない。まあ、人のことをうらやましがっていても仕方がないので、今、できる条件で最大限の努力をする、と自らに言い聞かせながら、受け流しているのだが……。


 さらに彼女は先シーズン、「長いことレースに参戦して疲れが溜まっているので、リフレッシュするため、出場する大会を絞る」と宣言し、その言葉どおり、ヨーロッパの大会にはいっさい顔を出さず、国内(アメリカ)での活動のみに焦点をあてていた。そしてどうやら今シーズンは気力・体力を充実させて、ワールドカップ、世界選手権へと挑むらしい。こうした自由な選手生活の続け方は日本ではちょっと考えられないのではないだろうか。そうした意味で、選択肢の多様さもパラリンピックの特徴のひとつかもしれない。


 そして最近、私が気になっているもうひとつのパラリンピック選手の特徴は、その選手生命の長さである。先日、池田和子さんの引退パーティーに出席したが、彼女は私より何歳か若いはずである。彼女の年で、選手として始める人間すらパラリンピックの世界にはいるというのに……。引退を決めるにはそれなりの葛藤もあっただろうし、熟考を重ねての決断にちがいない。高校生の頃から世界で活躍してきたことを思うと「長い間、ご苦労様」とねぎらいたい。しかし、今はまだ、現役選手として選手生活を楽しんでいる私から見ると、もったいないような気持ちもちょっぴりするのだ。選手生活が「楽しい」なんてまだ甘い、と言われてしまいそうだが、しんどいことはもちろんあるけれど、その根本的な部分でスキーを、競技を楽しんでいるから、二足の草鞋だって苦にならずに履いているのだと思う。何事も楽しくなければ、が私のモットーである。


 ジュニアレーサーやスキー部の高校生とゲレンデで一緒になると、トレーニングをつらそうにしていたり、チャンスがあれば一本でも少なく(「多く」ではない)滑ろうとしている子を目にすることがある。反対に、ゲレンデで出会う社会人レーサーの中には、上達しようとするどん欲が滑りに出ていて頭が下がる思いをすることもしばしばある。このどん欲さこそ、選手としてのモティベーションを維持し、選手生命を長持ちさせる秘訣かもしれない、と思う。


 話を戻そう。今シーズンのチームメンバーを見ても、私は未だに、年齢順だと下から数えたほうがずっと早い。たとえば最年長の四戸龍英選手は、私とはちょうど20歳ちがいである。その卓越したスキー技術も、トレーニングに対してねばり強く取り組む姿勢も群を抜いており、タイムトライアルで彼を敗れる選手は昨年まではほとんどいなかった。技術もメンタルも優れた選手が王座に有り続けるのは当然のことであり、引退を意識するのは若手に座を奪われてから、というのがスポーツの王道かもしれない。その意味では、現役選手でいられる期間が長いパラリンピックの世界というのは良い面を持つ。しかし、それは言い換えれば先人を越えていく若手が育っていないことも意味する。充分な練習環境を得られていない若手の選手が、何度も国際大会に出場しているベテランに勝つのは容易なことではない。その壁を乗り越えてこそ、という思いがある一方で若手にもチャンスをあげたい、という気持ちもある。そしてまた、チェアスキーであれ、片脚で滑るのであれ、競技の第一人者が引退後は指導者として、自分の技術や知識、経験を伝えていく義務があると私は思う。今、世界では、パラリンピックの元選手がコーチやスタッフとしてチームに関わるようになってきている。私自身はまだ、選手であることをやめる気持ちはまったくないのだが……。そんな引き際のむずかしさもパラリンピックの選手の特徴かもしれない。